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6 事件

last update Petsa ng paglalathala: 2026-01-13 14:32:54

 重苦しい空気が流れる中、静寂を裂くように扉を叩く音が大きく響く。

 殿下がびくっと大げさに驚いた後、廊下から声が聞こえた。

「失礼いたします、殿下。ヨウランでございます。ご報告に参りました」

 その男の声に、殿下は安心した様にほっと息を吐いた後、

「入れ」

 と言った。

 ばたり、と扉が開き、神妙な顔をしたヨウラン殿が中に入り、手を胸の前で会わせて頭を下げた。

「おくつろぎのところ失礼いたします。先ほどの女官の件でございますが、喉を切られた後、腹を深くやられたようです」

 淡々と語るヨウラン殿の説明に殿下も私も、思わず顔をしかめた。

 なんと残忍な。

「声を上げぬよう、最初に喉を切ったのでしょう」

「なんてむごい……」

 殿下は苦しげに呟いた後、口を押えて俯いてしまう。

 確かにむごい。戦場で、わざわざ死体を傷つけるようなことはしないのに。

「そうですね。犯人の手掛かりはございませんでした。女官の寮ですし、犯人は女性だろうと思われますが、誰も不審な人物を見ておりませんし、悲鳴なども聞いておりません」

 なんと手際がいい。

「それで……このことは」

「全員に口止めをしております。寮は閉鎖をし、利用者は全て引っ越させました」

 やはり、女官が殺されたことは公表しないか。

 宮廷で起きた事件。皇帝陛下のすぐそばで事件が起きたとなっては、陛下の威厳に関わるものね。

 殿下の方を見ると、案の定、苦しげな顔をしてヨウラン殿を見つめていた。

「家族には何と説明を」

「感染症での死亡と伝えます。ですので早急に荼毘にふし、遺骨のみを渡す予定です」

 すると、殿下はがたん、と立ち上がって身体を震わせて言った。

「家族に、お別れもさせず骨だけ返すというのか?」

「その通りでございます」

 感情的になる殿下に対し、静かにヨウラン殿が告げる。

 殿下の気持ちはわかる。家族にひと目も会わせず焼いてしまうなんて私も酷いと思うから。でも、あの遺体を遺族に見せられるだろうか?

 答えは否だ。

 むごい殺され方をしているし、殺人がばれてしまってはまずいから。

「そんな……」

 わなわなと震える殿下に、かける言葉が見つからなかった。

 殿下とヨウラン殿。どちらの言い分も理解できる。

 殿下はとても優しい方なのだな。

 これでこの国の皇帝が務まるのだろうか。

 そう思って私はじっと、殿下の様子を見つめた。

 手をぎゅっと握りしめて、唇を噛み舌を俯いている。

「犯人の目星は」

 震える声で告げる殿下に、ヨウラン殿は答えた。

「わかりません。殿下を狙っていると思われますが、ずいぶんと回りくどいなと。あんなことをしたら殿下の警備が厳しくなるのにと」

「確かにそうですね。だから私が護衛としてつけられましたし」

 そう私が口を挟むと、ヨウラン殿は頷いた。

「えぇ。ですので、殿下を狙う、というよりも違う理由があるのではと思います。たとえば殿下への圧力」

「僕が皇太子にならなければ……」

「殿下」

 弱気な殿下の呟きに、私とヨウラン殿が同時にきつい声で呼びかける。

 それに驚いたのか、殿下は半歩下がってしまう。

「そのようなことを口になさらないでください。どこで誰に聞かれるかわかりませんから」

 ヨウラン殿が低い声で言うと、殿下は悲しそうな顔になり小さく頷いた。

 殿下が正式に皇太子と鳴るのは二十歳になって後宮を持つときだ。

 それまであと二年ある。

 ヨウラン殿は、まっすぐに殿下を見つめて言った。

「殿下は皇帝陛下にとって唯一の男子です。殿下だけが、皇太子になられるお方です」

「わ、わかっているよ。なのに……僕は死んだ女官たちに何もしてやれないなんて」

 悔しさをにじませ、殿下はばたん、と長椅子に勢いよく腰を掛けてうな垂れた。

 私はそんな殿下に、静かに告げた。

「えぇ、貴方様にできることはございません。犯人を捜すのは我らの務めですから」

 私の言葉に、殿下はゆっくりと顔を上げて私を見る。すがるような視線が少し痛い。

「シュエファ殿……」

「事件の捜査も私の仕事ですから。ヨウラン殿、ふたつ事件について後で詳しく教えていただけますか?」

 私の言葉に、一瞬ヨウラン殿は目を細めたが、頷き、

「わかりました」

 とだけ答えた。

 そして殿下の方へと目を向け、

「極力普通に過ごしてください。大学へは通っていただいて大丈夫ですが、無用な外出は控えてくださると幸いです」

 と言い、ヨウラン殿は頭を下げた。

「わかった」

 苦しげに頷いたあと、殿下は顔を両手で覆い肩を震わせた。

 泣いているのだろうか。わずかにすすり泣く声が聞こえる。

 それを見て、私の胸に痛みが走った。

「私は失礼いたします。シュエラン殿、また後程」

 と言い、ヨウラン殿は部屋を出て行ってしまった。

 静まり返る部屋に、殿下が泣く声だけが響く。

 こんな時どうしたらいい?

 悩んだ末、私は立ち上がって殿下の座り長椅子に近づく。

「失礼いたします」

 そう声をかけて、私は殿下の隣に腰かけて彼の肩にそっと触れた。

 やはり泣いているのか。

 女官のためにこんな涙を流すとは。

 それを見て、私の胸が締め付けられるような感じがした。

「殿下のせいではないですよ。悪いのは犯人ですから」

 そう声をかけると、殿下は頷き、涙声で言った。

「わかって……いるけど……でもなんで……って思うと悲しくて」

 こんな弱くて、こんな優しい殿下がこの国を背負えるのだろうか。

 殿下が皇太子として認められるまであと二年。それまでに割り切れるようになっていただけるといいが。

 殿下が泣きやんだとき、彼はこちらを向く。

 真っ赤な目にどきり、としてしまう。

 もう十八歳だというのに、殿下はとても弱々しく見える。

 どうしようかと思っていると、彼は無理やりな笑顔を作って言った。

「すみません、情けないところを見せてしまって」

 そして彼は、目元をぬぐう。

 内心、動揺を覚えながら私は言った。

「いいえ。あの、お茶をお持ちしますか」

 すると殿下は頷き、小さく笑う。

「そうですね」

「女官に声をかけてきます」

 そう言って、私は立ち上がり応接室をあとにした。

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